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東北大学 大学院生からのヒアリングで考えた農業DXの方向性


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先日、修士論文研究の一環として、東北大学の大学院生からヒアリングを受ける機会がありました。普段は私自身が農業者や行政・企業に対してヒアリングを行う立場ですが、今回は逆に質問を受ける側として、農業DXに関する取り組みや課題を整理する貴重な時間となりました。

学生からの視点が映し出す「農業×社会課題」

ヒアリングでは、農業DXが「効率化」だけでなく、社会課題解決の切り口としてどう機能するのかに関心が集まりました。

  • 農業の担い手不足や高齢化に対してDXはどう貢献できるのか

  • 「みどりの食料システム戦略」との接続点はどこにあるのか

  • フードロスや流通最適化におけるデータ活用の可能性は何か

これらは農業を単なる生産活動ではなく、地域社会の持続可能性を支える基盤産業として捉える視点であり、農業DXの社会的意義を改めて考える契機となりました。


「機械よりマインドセット」という核心

普及が進まない最大の要因は「技術不足」でも「資金不足」でもなく、マインドセットです。私の言葉を要約すれば、「スマート農業が進まない理由は、農業者の多くが“ビジネスとしての意思決定”に踏み切れていないから」。ここには二つの世界観の断層があります。

  • 生産者マインドセット:良いものを作ることが目的/自分の労働を“コスト”として扱いづらい/判断基準は伝統や慣習

  • ビジネスマインドセット:利益の最大化が目的/時間=コスト/判断基準はデータとROI

例:新型トラクター購買が「投資判断」ではなく「消費(同調・自己満足)」として行われるケースがある。これはデータ→計画→投資→回収の経営プロセスが働きにくいことを示唆します。

KKO(経験・勘・思い込み)とデータ駆動の衝突

現場文化として根深いKKO(経験・勘・思い込み)は、データとロジックで回るスマート農業とOSレベルで衝突します。

  • 効果検証が長期化(単年で成果が見えにくい)

  • “直感優位”が投資判断を曇らす(感情に引っ張られる)

  • 評価設計不足(KPI・収益モデル・回収期間の事前設計が甘い)

この断層を埋めるには、導入前の経営シミュレーション(収量・コスト・労務の時系列KPI)と、実装後の運用KPI(可動率、故障発生、人的削減効果、転用時間の創出)をセットで設計することが不可欠です。


巨大なデータの壁=秘密主義と共有ルール不在

現場での秘密主義共有ルールの不在も大きな壁です。私の肌感覚でも、相当割合の農家がデータ共有に消極的です。

背景には、

  • ノウハウ模倣への懸念

  • データ流出不安(クラウド不信)

  • 共有のメリットよりコスト・リスクが上回る設計

  • ルール(帰属・利用権・還元方式)が曖昧

があります。

打開策は「地域合意型データ・コモンズ」の構築です。

  1. 帰属と利用範囲(一次利用/二次利用)

  2. 収益還元設計(地域ブランド・共同販路での配分)

  3. 匿名化・品質保証(標準スキーマの設定)

  4. 監査ログと退出権

これを明文化し、“共有の便益>共有コスト・リスク”の設計をすることが不可欠です。

資金の流れ:現場起点になりにくい構造

スマート農業を動かす資金の多くは大企業・政府に偏っており、個人農家の自己資金導入は小さいのが現実です。トップダウンの資金で装置が入り、現場起点の“使い倒し”が設計されないとROIが立たず定着しません。

必要なのは、

  • 事前に“現場KPIと収益設計”を契約に埋め込むこと(可動率・時間短縮・収量/品質・人員再配置・回収年数)

  • 成果連動の伴走契約(稼働データを元にPDCA/改善条項を組み込むこと)

です。

「スマートファーマー」という人材像と“道具箱”

解は“新しい機械”ではなく、“新しい人”=スマートファーマーの育成です。

道具箱(コンピテンシー)

  • データ意思決定:観測→仮説→実験→評価→標準化

  • ROI志向:投資・回収・機会費用の計数感覚

  • コラボ志向:データ共有に向けた合意形成と説明責任

  • 多層知:伝統知×経営×テクノロジーの統合

  • レピュテーション設計:地域ブランド/共同販路での価値化

育成の現実解

  • 産学官金の共同カリキュラム(営農PBL+DWH実習+KPI評価)

  • 資格化/称号化(地域版CF=Chief Farmer認証など)

  • 成果連動のフィールド実装(1作~2作のPDCAを支援)

技術と現場の間にある課題

  • 経営形態の多様性ゆえのカスタマイズ負荷

  • 地域差(気象・土壌)によるモデル移植の難易度

  • 普及(JA/行政)×民間の役割分担の再設計

これらを乗り越えるには、“標準化(ISO/TC 347等)×地域最適の二層構造”で、共通部品化(データ項目・KPI・契約条項)+ローカル・モジュールの設計が鍵です。

教育・研究と現場実装をつなぐ役割

  • 匠の技の形式知化:作業プロトコル→センサー→評価指標

  • 地域DWH+合意ルール:データ・コモンズの制度設計

  • 実装研究KGI/KPI連動の導入・運用評価(統計設計)

  • 政策接続:助成は“導入費”より“運用・評価設計”に比重を置くべき

ヒアリングを受けて得られた気づき

  • 経営としての時間・労務の価格付けが要である

  • 評価設計(前)—伴走改善(中)—成果検証(後)を契約に組み込むべき

  • “直感文化”と“データ文化”の橋渡し役として、スマートファーマー地域データ・コモンズを核に据えることが必要

まとめ

今回の東北大学の大学院生からのヒアリングは、私自身の取り組みを第三者の視点から見直す契機となりました。そして改めて、「機械よりマインドセット」「秘密主義の壁」「資金フローの構造」という三点が課題の核心にあると確認できました。

次の一手は、合意型データ・コモンズの制度設計と、スマートファーマー育成、そして成果連動の実装契約です。

「農業をかっこよく・稼げて・感動がある産業へ」──その実現には、OS(文化・制度)からの更新が必要だと強く感じています。



 
 
 

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