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【農業者が主役へ――スマート農業推進の新ステージ。IPCSA設立総会から見えた国家戦略の転換点】


「国が本腰を入れた日」

2025年6月27日、霞が関にて「スマート農業イノベーション推進会議(IPCSA/イプサ)」の設立総会が開催されました。会場は満席、オンラインでも約1000名が参加するなど、関心の高さが際立ったこのイベントは、まさに国がスマート農業に本腰を入れた象徴的な日となりました。

本記事では、現地参加した立場から、政策の方向性、現場とのギャップ、そしてこれからのスマート農業に求められる視点についてお伝えします。

スマート農業イノベーション推進会議(IPCSA)は、スマート農業技術の開発と普及の好循環形成を推進するため、関係者の機運を醸成する目的で設立されました。準備会合は2024年9月30日に開催され、同年10月からHP開設と会員募集が始まりました。そして、2025年6月からは本格的な活動を開始します。この会議は、生産と開発の連携、情報の収集・共有・発信、関係者間のマッチング支援、人材育成といった主要な機能を持ち、農業者、民間企業、大学・研究機関、地方公共団体、JA、農業高校・農業大学校など、多様なプレーヤーが参画することが期待されています。

政府は、「ジャパンブランド」の維持向上と輸出増加に向けて「スマート農業」の実践に本格的に取り組んでおり、農林水産省もスマート農業の推進を主要な議題としています。将来的に、規制緩和が進み、農地の貸し借りや異業種の農業参入が容易になると予測されています。AIの活用により、精緻に管理された農産物は「スマート」製品として価値を持つようになると考えられています。

ベンダー主導から農業者主体へ:時代の転換点

かつてのスマート農業は、ICTベンダーや装置メーカーが技術を主導し、農業者はその“ユーザー”に過ぎない構図が多く見られました。しかし、今回のIPCSA設立総会では「農業者が主役になる」ことが明確に語られていたのが印象的です。

農林水産省 技術政策室長・齋賀室長の発表や、基調講演、中嶋康博氏(女子栄養大学教授)らのメッセージを通じて、単なる技術導入ではなく、農業者が技術を活用して経営革新を起こす主体となるべきだという強い意志が伝わってきました。

この方向性は、私が携わっている日本農業情報システム協会(JAISA)が主催する「スマートファーマーアワード」の考え方と通底します。農業者が情報や技術を選び、組み合わせ、創造的に活用する時代が本格化しています。

スマート農業では、個々の圃場の生育環境や農作物の生育状況などの情報をセンサーなどから取り入れ、それらを元に栽培管理作業や経営情報といった必要なサービスを農家に提供するための、安価でユーザーフレンドリーなシステムの開発が目指されています。これにより、農作業の軽減や農業収入の増加を図り、若年就農者にとっても魅力ある農業を実現することが目標です。

農業現場では、これまで個々の従業員が見て経験して学んだこと(ミスも含め)を複数の従業員で共有し、早期人材育成につなげる取り組みも出てきています。これにより、個々の従業員が優先順位を意識して行動し、適した時に適した作業ができるようになることで、ヒューマンエラーのリスクヘッジにもつながる効果が見られます。結果として、「背中を見て学べ」と言われた農業から「データを見て学ぶ」農業へと変化させることが可能になります。


見えてきた課題:会場で見かけなかったプレイヤーたち

興味深かったのは、現時点でスマート農業をリードしている企業(既存のベンダーやプラットフォーマー)の姿があまり見られなかった点です。これは、今回の支援が「これから開発に取り組む事業者」を主なターゲットとしているためかもしれません。

既に現場で動いている企業の知見や実装経験が、政策側ともっと交差する場があってもよいと感じました。とはいえ、会場とオンラインを含めて非常に多くの参加者が集まり、関心の高まりを肌で感じたことも事実です。

スマート農業は、自然相手の農業にICTをどのように活用するのかという疑問を持つ人もいるかもしれませんが、例えば、パソコンで農作業日誌をつけて次年度以降の作業計画の参考にしたり、収穫量を記録して生産計画に生かすような地道な取り組みも「スマート農業」として位置付けられます。これらの個々の取り組みが進むことで、いずれは「農業ビッグデータ」へとつながっていくと考えられています。


農業ICTが抱える課題を解決し、農業の担い手がデータを使って生産性向上や経営改善に挑戦できる環境を生み出すため、農業データ連携基盤(WAGRI)が2019年4月より農研機構を運営主体として運用を開始しました。WAGRIは、筆ポリゴン、農薬データ、気象データといった様々なデータや生育予測プログラム、病害虫画像判定プログラムなどをAPIを通じて提供・利用し、農業者や民間企業が生産性向上や経営改善に取り組むことを可能にします。2025年3月末現在、116の民間事業者等がWAGRIを利用し、農業者向けサービスを開発・提供しています。


農業者に求められる変革

これからの農業者には、「生産者」から「ビジネスマン」への進化が求められています。

スマート農業は、単なる作業の自動化やデータ取得にとどまらず、「経営としての農業」をデザインする力を農業者に問うものです。設備投資、データ分析、販売チャネル、地域連携……すべてを自ら判断し、構築していく力が必要です。

そうした意味で、IPCSAが掲げる「官民連携・技術融合・現場視点」の三本柱は、農業者と政策、ベンダーと現場の橋渡しを担う存在として非常に重要な役割を果たすと考えています。

JAISAの「スマートファーマーアワード」や「営農チームマネジメント支援サービス」との連携も、今後の方向性として期待できるでしょう。 https://jaisa.org/info_team-management/

農業者が「儲かる農業を実現する」ために、ICTが導入されています。ICT導入により、小規模農家でも栽培管理の高度化が実現され、経験と勘だけでなく、データに基づいた検証が可能になります。経営管理システムや圃場環境管理システムを導入することで、課題が明確になり、成果を創出することができます。

例えば、経営管理システムを活用することで、資材の購入量・使用量の計算や、圃場・品目ごとのコスト計算が容易になり、管理がしやすくなります。また、人、作業、作物まで一元的な管理が可能になり、社内の情報共有が図りやすくなります。これにより、圃場間の移動ロスが減り、作業の重複ややり残しが確認できるようになります。労働時間の短縮休日の増加にも繋がり、従業員の働きがい推進にも貢献します。

自治体や農協の普及指導員や営農指導員もスマート農業の必要性を感じ、勉強を始めており、関連シンポジウムやセミナーの客層も、当初の異業種参入者から、実際の課題解決の糸口を探す農業生産者へと変化しています。

農業と国家戦略の交差点で

IPCSAの設立は、単なる組織設置にとどまりません。これは、農業が国家戦略の一部として明確に位置づけられ、民間・現場の知恵を活かしながら共に未来を創る仕組みへの第一歩です。

農業者が“選ばれる存在”から“選ぶ側”へ、そして“導かれる側”から“導く側”へ。スマート農業の未来は、現場の主体性と共創の意志にかかっています。

当社は、引き続きその橋渡し役として、現場と政策、技術と経営をつなぐ支援を行ってまいります。

日本政府は「ジャパンブランド」を維持向上させ、輸出増加につなげる取り組みに本腰を入れ始めています。特に、スマート農機から得られたセンシングデータに基づき農作業を精密制御する「データ駆動型農業」は、日本の企業の海外進出を後押しすると期待されています。タイでは、日本製スマート農機などを活用した実証により、コメの単収が約2割弱増え、肥料の使用量が15%削減された事例があります。また、欧米の標準化団体と連携し、アジアに適した中小型スマート農機向けのデータ交換規格の開発・標準化も推進されており、2022年には日タイ事務次官級会合で技術協力に関する覚書が締結され、2023年には日・ASEAN農林大臣会合で「日ASEANみどり協力プラン」が採択されるなど、国際的な協力も進んでいます。

ICTによって農業が「あこがれの職業」になることが目指されており、若者が農業を選びたくなるような「かっこよくて、成長できて、ちゃんと稼げる」仕事へと変革しつつあります。 参考

 
 
 

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